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神戸地方裁判所 平成7年(ワ)991号 判決 1998年7月09日

原告

金本恒和

ほか一名

被告

廣石智子

ほか一名

主文

一  被告廣石は、原告金本に対し金三五九万六一六二円、原告雛倉に対し金三〇七万六一六二円、及びこれらに対する平成六年五月五日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告会社は、原告らの被告廣石に対する右判決が確定したときは、原告金本に対し金三五九万六一六二円、原告雛倉に対し金三〇七万六一六二円、及びこれらに対する平成六年五月五日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告らのその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、これを四分し、その三を原告らの、その余を被告らの、各負担とする。

五  この判決の第一項は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告らの求めた裁判

被告廣石は、原告金本に対し金一三二七万二三一一円、原告雛倉に対し金一〇一九万八〇〇〇円及びこれらに対する平成六年五月五日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

被告会社は、原告らの被告廣石に対する右判決が確定したときは、原告金本に対し金一三二七万二三一一円、原告雛倉に対し金一〇一九万八〇〇〇円及びこれらに対する平成六年五月五日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  原告らは、原告らの被相続人金本岸枝が、被告廣石運転の軽四輪乗用車に跳ねられて死亡したとして、被告廣石に対して自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条に基づき、損害の賠償を求め、同人が自賠責保険及び任意保険契約を締結していた被告会社に、右損害賠償金の支払を求める。

二  争いがない事実

1  交通事故の発生

(一) 発生日時 平成六年四月一二日午後七時三五分ころ

(二) 発生場所 兵庫県宍粟郡千種町黒土一一三番一地先

(三) 加害車両 被告廣石運転・同被告所有の軽四輪乗用車

(四) 被害者 金本岸枝(以下「訴外人」という)

(五) 事故態様 歩行者である訴外人に加害車が衝突したもの(態様の詳細については争いがある。)。

2  訴外人は、本件事故により、頭部を負傷し、尾崎病院に入院して治療をうけていたが、二四日後の同年五月五日、同病院で死亡した。八一歳であった。

3  原告らは、訴外人の子であり、同人の財産を法定相続分に従って、二分の一づつの割合で相続した。

三  争点

1  事故と死亡との因果関係、素因の寄与による減責

2  損害額

3  過失相殺

四  争点に関する主張

1  事故と死亡との因果関係、素因の寄与による減責

(一) 原告ら

訴外人は、心臓を患ってはいたが、事故当時取り立てて身体活動の制限を受けることもなく、通常の日常生活を送っていたのであって、未だ心不全とは言えないか、言えるとしてもNYHA心機能分類のクラスⅠに分類される程度の軽度のものであった。

ところが、訴外人は、本件事故により脳挫傷、額部割創、前額部血腫、口唇裂創、舌裂創、右肩甲部打撲、両手背挫傷の傷害を負い、事故直後に、意識障害を起こし、CT上脳内出血を認めたのである。そしてこうした傷害の治療のため、心臓にとって強い負荷となる輸液を投与され、その継続投与の結果として、心肥大が急激に増悪し、全身状態の悪化を引き起こして死亡に至った。全身衰弱の直接の原因が脳浮腫にあったにしろ、心臓疾患にあったにしろ、もともとの原因は本件事故にあったというほかない。

事故後二四日で死亡したもので、本件事故による受傷以外に死に至らしめる特段の事情もなく、事故により前額部を強打し、脳挫傷、脳内出血を起こし、脳浮腫を経て全身衰弱から死亡に至っており、因果関係は明らかである。

(二) 被告ら

訴外人の死因は、かねての心疾患に起因する全身状態の悪化によるものであり、本件事故に起因する受傷内容とは相当因果関係がない。

訴外人は平成三年から、不整脈による心臓病の治療を受けており、僧帽弁逆流症(僧帽弁閉鎖不全)、三尖弁閉鎖不全があり、心電図検査では右脚完全ブロック(心臓における刺激伝達系のうち、右室に至る右脚に障害がある)が見られた。

本件事故による入院当時、訴外人は前額部に出血痕と割創があったが、意識は清明で、レントゲン写真によっても骨折はなかった。CT所見で脳に血腫が認められることから脳挫傷とされたが、血腫除去のための開頭手術は不要で、神経学的な麻痺症状もなかった。そして、CT上、脳挫傷の陰影も消失し、血塊が認められる程度にまで寛解していたのであって、訴外人の脳挫傷の程度は、脳浮腫など大脳機能に障害をもたらすようなものではなかった。

死因とされる脳浮腫は、腎臓機能の悪化によるむくみであり、入院先の病院が、頭部外傷にのみ留意して、それまで不整脈剤とともに投与されていた利尿剤を投与しなかったために、腎臓機能が急激に悪化したものである。

仮に因果関係が認められるとしても、主としては訴外人の心疾患という基礎疾患が存したことによるものであり、その寄与度は控えめに見ても、五〇パーセントを下らない。

2  捐害額

(一) 原告の請求額

別紙損害計算表中の請求額欄記載のとおり。

(二) 被告

損害額を争う。

3  過失相殺

(一) 原告ら

本件事故は、被告廣石が加害車を運転中、前方不注意により、自車を歩道部分を示す路側帯線の外側に進入させて、その歩道部分に立って加害車両の通過を待っていた訴外人に衝突させて、訴外人を撥ね飛ばしたものである。事故現場は、緩やかにカーブする道路であって、被告廣石の視界を遮るようなものはなく、ガソリンスタンド等の照明で明るく見通しも良い状態であったから、本件事故の原因は、衝突の一七メートル手前まで訴外人に気づかなかった被告廣石の過失に尽きる。訴外人に相殺すべき過失はない。

(二) 被告

訴外人は、道路脇に佇立していたのではなく、被告廣石の進路前方を左から右へ横断していたのであり、見通しのよい道路で被告車両が近づいてくるのに気づかないまま、ゆっくりと横断していたのであって、老人であることを考慮しても二割の過失相殺が相当である。

第三争点に対する判断

一  事故と死亡との因果関係、素因の寄与による減責

1  訴外人の受傷後の経過

平成六年四月一二日の事故直後、訴外人は救急車で、尾崎病院に搬入された。前額部の割創のほか、顔面、口唇、舌部に割創、裂創があり、右肩部打撲、胸部打撲、両手背挫傷があった。創を縫合し、各部のX写真で骨折のないことは確認されたが、CTで、硬膜下及び脳室に出血があることが確認され、脳挫傷と診断された。衝突時に一時的な意識障害はあったが、受診時には意識は清明で、その後もつじつまの合わないことを言う状態は続いていたが、問い掛けに対して、痛みを訴えるなど、医師や看護婦とのコミュニケーションは採れていた。そして、安静のほか脳循環の改善によって、脳挫傷の陰影は消滅し、会話ができるほどに回復してきた。

ところが、四月二一日に行われた心臓エコーによって、僧帽弁閉鎖不全が重度で、僧帽弁狭窄、三尖弁閉鎖不全もあることや、右脚完全ブロックといった心臓の症状が確認されたほか、二二日から意識状態が悪化し、言語障害も強くなってきた。また、二二日の検査では、腎機能も低下してきた。三〇日には、意識障害から見て脳浮腫と、また心不全と喘息から一般状態悪化との診断名が加えられた。そして重篤となって、五月五日に死亡した。

(甲二の1、2、乙三、尾崎信夫証言)

2  他方、訴外人は、平成三年から、町内の診療所で、不整脈(心電図上、心室性期外収縮、完全右脚ブロック)、心房粗動、僧帽弁逆流症、三尖弁閉塞不全などと診断され、投薬を受けていた。平成五年からは心電図所見では心室性期外収縮はなくなり、代わりに上室性期外収縮が出現してきていた。

そして、平成六年に入ってからは、利尿剤、不整脈治療剤、胃薬の投与を得ていた。本件事故の一〇日ばかり前にもこれを受け取っている。

すなわち、訴外人は事故以前にも事故後にも、僧帽弁閉塞不全(高度)、僧帽弁狭窄症、三尖弁閉塞不全症(中等度)が存在し、心室性期外収縮、心房細動、完全右脚ブロックがあり、胸部レントゲン写真の心胸郭比からすると、高度の心肥大があった。

(乙四の1ないし3、一〇、検乙一、二)

3  四月三〇日に訴外人の意識障害から診断された脳浮腫の症状は、本件事故による脳挫傷が生じた直後のことであるから、この脳挫傷が原因していることは明らかであり、脳浮腫が、全身状態の悪化や死亡に原因していることは否定できない。

ただ、訴外人は平成三年から心疾患があり、降圧利尿剤・不整脈剤の投与を受けていたが、本件事故によりその服用が中止されたこと、脳挫傷に対する治療として投与を受けたグリセオールは、循環機能に障害のある患者あるいは高齢の整理機能が低下している患者に対しては、慎重な投与が要求される薬剤であったこと、そのほか、点滴による心臓への負荷などから、心不全が増悪し、一般状態の悪化を招いたと考えられる。

従って、これらの措置は、本件事故による傷害の治療上生じたものであり、その措置の結果一般状態の悪化を招いたもので、訴外人が有した心臓弁膜症等の素因が、訴外人の症状の悪化、死亡に寄与しているものと解され、その寄与度は、五〇パーセントと解するのが相当である。

(甲六、乙九=関東労災病院中村雅夫呼吸器内科部長の意見書)

二  損害額

1  入院付添い費

訴外人の症状からして、近親者の付添いが必要であったと認められるところ、その一日当たりの単価四〇〇〇円の主張は相当であって、損害は二四日間で九万六〇〇〇円となる。

2  慰謝料

二四日間の入院のあとに死亡したのであり、事故と死亡との間に因果関係が認められるから、入院慰謝料と死亡慰謝料とを区別するのは相当ではない。訴外人の年齢、家庭内での訴外人の立場、事故から死亡までの症状の経過等、本件に現れた諸般の事情を総合すると、訴外人の受傷 死亡による慰謝料は、金一五〇〇万円をもって相当とする。

3  葬儀費用

一二〇万円をもって相当とする。

三  過失相殺

1  事故の態様

被告廣石は、近くの勤務先からの帰宅途中で、農村の集落の中心部を貫く、幅八・一メートルの、右にゆるやかにカーブした道路を南進していた。歩車道の区別はなく、最高速度は四〇キロメートルに制限されていた。雨の上がったあとで、路面は濡れていた。両側には、住家や自動車修理工場、商店等が並んでいる。既に閉店しており、人通りは殆どなかった。現場近くに差しかかったとき、左側に駐車している知人の車を見ながら前方の注視を怠って進行していたところ、前方を左から右にゆっくりと横断中の訴外人を左前方約一七メートルに発見し、急制動とともに、ハンドルを右に切ったが、滑走して半回転した自車左側面部を訴外人に衝突させて転倒させた。

訴外人は、近くにある自宅から、現場の両側にある自家の工場に繋いであるはずの飼い犬を連れ戻しに来て、東側の工場を見たあと、西側の工場を見るために道路を渡ろうとしていたものと推定される。訴外人は、痴呆症状が見られるというほどではなかったが、自動車が停止してくれるものと軽く考えたか、あるいは犬のことに気を取られて自動車の接近に気づかずに、横断を始めたものと推定される。

(甲四の1ないし6、乙二)

2  右に認定した道路状況等及び被告廣石の前方不注視からすると、同被告の過失は大きいが、当時の車両や人の通行量のほか、夜間であるうえ、雨上がりで路面が濡れていて、通行人を発見しにくかったことなど、いささか減ぜられるべき点もあり、他方、訴外人にも、夜間であってライトにより車両の接近を容易に認識できるのに、道路横断を開始した過失があると言わざるをえず、その他訴外人の年齢や道路状況等を総合すると、一〇パーセントの過失相殺をするのが相当である。

四  以上にはると、原告らが、被告廣石に請求しうる損害賠償額は、次のとおりとなる。

入院付添い費九万六〇〇〇円と慰謝料一五〇〇万円を原告らに相続分により按分するとそれぞれ七五四万八〇〇〇円となり、原告金本には葬儀費用の相当額一二〇万円を加えると、八七四万八〇〇〇円となる。右各損害から、事故原因として一〇パーセント、素因による寄与として五〇パーセントを控除する。

他方、被告共栄火災が訴外人の治療費として、合計七四万三四六〇円を支払済であることについて原告らは明らかに争わないところ、そのうち、六〇パーセントの四四万六〇七六円は、右過失相殺及び素因減責から被告に賠償を求めえないものであったから、原告らの損害に填補されるべきである。

そうすると、原告金本は三二七万六一六二円、原告雛倉は二七九万六一六二円を求め得ることになる。

そして弁護士費用については右認容額などからして原告金本に三二万円、原告雛倉に二八万円をもって相当とする。

以上によると、原告金本の請求は三五九万六一六二円の限度で、原告雛倉の請求は三〇七万六一六二円の限度で、理由がある。

五  よって、民事訴訟法六一条、六四条、二五九条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 下司正明)

(別紙) 損害計算表

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